2010年度第2号
増え続ける山岳遭難事故 -都岳連の遭難対策、救助体制を考える(前編)-
理事 遭難救助隊担当 廣川健太郎
~増加の一途を辿る山岳遭難事故、救助ヘリ費用利用者負担の動きも~
山岳遭難事故は中高年を中心に増加の一途をたどっている。警察庁のまとめによると昨年、全国の山で起きた遭難事故は1676件で、死者・行方不明者は 317人に上る。ともに統計を始めた1961年以降では最悪だった。死者・行方不明者の約9割が40歳以上の中高年で、遭難者数も過去最悪だ(注:山岳遭難事故には、登山目的以外のものも含まれている)。
そんな中、この2010年7~8月の全国の山岳遭難事故は530件、遭難者数611人で、前年同期間比で121件増、107人増。いずれも1968年に山岳遭難の統計を取り始めて以降の最多、最悪となった。但し、死者・行方不明者数は77人で前年同期よりは12人多かったが、過去最多の2008年よりは2人少なかった。
遭難の中身を見ると、遭難者は40歳以上が469人で全体の8割弱、年間を通じた構成比と同レベルで中高年の事故が多い。発生場所は、長野・岐阜・富山3県にまたがる北アルプス149件のほか、登山ブームの富士山42件、その他秩父山系29件が目立ったところだ。年間を通じてみた場合より夏山登山が中心の富士山の比率が高くなってきているのと、今シーズンは連続事故があったことで例年より秩父山系の事故が増えているのが特徴だ。富士山では7月の1カ月の登山者で見ても、この30年間で最高の10万人余りだが、遭難事故者で目立つのはTシャツに短パンなどの軽装で登り、疲労した中、低い気温と高度の影響で体調を崩す、登山の経験が浅いものが起こすケースが多いという。
全国でのヘリコプターの出動回数は420回で、前年同時期よりも122回も増えており、過去最多、安易な救助要請も多いといわれる。
本邦山岳のメッカともいえる長野県内の状況を紹介すると、7~8月に起きた山岳遭難件数は、前年比37件増の102件で、人数も前年比40人増の108 人となり、 統計を取り始めた1954年以降で最多だった。108人のうち、死者は14人(前年比5人増)、行方不明2人(同2人減)、負傷者65人(同24人増)、無事救出27人(同13人増)。 北ア、中ア、南ア、八ヶ岳、戸隠など長野の山は岩稜部分が多いため、転落や滑落、転倒が62件で、全体の61%を占めた。
山域別では、北アルプスが全体の6割を超える64件で、八ヶ岳連峰10件、中央アルプス8件など。 梅雨明けが早く好天が続いたこと、登山ブームで若者から中高年まで登山者の幅が広がった中、今年は例年より登山者数が増加したと長野県警では分析している。 その他、目だった事故や、遭難救助に関する行政の対応に関することに触れると、7月には奥秩父滝川流域の沢登り講習会での転落事故死亡者の救出に向かった防災ヘリが二次遭難し、その後、現場を見に行った単独登山者が三次遭難、さらにテレビ局スタッフの四次遭難まで発生した。埼玉県では県議会で山岳遭難救助に要した防災ヘリコプター費用に関し、利用者に責がある場合には請求できるよう県条例を改正する方向で検討が行われており、今後他自治体の追随も考えられるところだ。
~都岳連の遭難対策、救助体制を考える~
東京都山岳連盟には遭難対策委員会と遭難救助隊があり、連携して遭難対策、遭難救助活動に取り組んでいる。活動は、遭難対策委員会では安全登山やセルフレスキューの技術などの講習会活動を行なっている。遭難救助隊は年に数度隊員研修を行ない遭難救助技術の向上に努め、出動要請があった場合には遭難救助、捜索活動に出動している。より大きな意味での安全登山のための活動としては、技術や指導方法の習得機会として、指導教育委員会が行なっている山岳及びクライミングの指導員資格の検定講習、事業部では安全登山教室を開催している。
私が所属し、また理事として担当している遭難救助隊の活動を紹介すると最近では2008年夏に奥多摩で行方不明遭難の単独登山者、2010年夏には槍ヶ岳北鎌尾根で行方不明遭難の単独登山者の捜索活動に出動要請があり、遭難救助隊として出動した。遭難救助隊としての活動のほか、都岳連加盟山岳会所属会員等の遭難救助活動に遭難救助隊員が個人として参加した例としてこの3年間でも黒部川下の廊下、朝日連峰、南ア鋸岳など、またその他、冬期尾瀬ヶ原縦断下山遅れの捜索に出動を検討したが無事下山してきた事例などもある。都岳連規模の組織では、遭難救助隊の出動体制は組織内の相互扶助及び警察消防等の救助活動を補完する上でも必要不可欠なものと思われる。
遭難対策、遭難救助隊の活動を紹介したが、最後に都岳連の活動に参加して感じた課題や問題のいくつか挙げてみたい。これらの課題や問題に関しては次回に提言したい。
課題1=都岳連加盟団体、所属会員の遭難事故の発生状況が把握できていない⇔遭難事故情報に限らず各種情報の共有が十分でないこと。他との比較を言うと、日本勤労者山岳連盟では遭難対策基金への加盟者が約9割で基金の申請に伴い遭難事故の情報は自動的に集まる。また基金に加盟していない場合でも遭難事故報告を遭難対策委員会に集約している都道府県連が多い。また、各道府県の山岳連盟は規模の大きいところは都岳連同様に情報共有が難しく、規模の小さなところは横のつながりがあり、情報共有が行なわれやすい。
課題2=地域の山の遭難対策への取組みなど、新しい試みへの機運が弱い 現状の遭難対策委員会の活動は講習会活動が中心で、例えば東京奥多摩での遭難事故を減らすための新しい取組み、他府県の事例調査をするなど、新しい活動への機運が弱い。
課題3=都岳連内の各委員会間の関係が余り密でない。
遭難対策委員会や遭難救助隊は都岳連内での事故発生時に他委員会や主要な山岳会等にも協力を呼びかけ救助体制を確保することも考え、連絡や交流など関係を密にしておく必要があると思う。しかし残念ながら今までは関係が密であるとは言えない状況だった。